Biography

LinkIcon1975年7月25日
セネガルのダカールでセネガル人の父親、マルチニーク出身の母親との間に生まれる。
2歳の時に母親と一緒にフランスに移住。本人曰くセネガルの記憶は全くないという。
LinkIcon1980〜90年代
フランスの南西部で育った後、母親と友に北東部のサンディジエに移住。7〜8歳の時にヴァイオリンとソルフェージュのレッスンを受ける。
16歳の誕生日の時に母親からギターをプレゼントをされる。
10代はヒップ・ホップを聞き、ボブ・ディラン、ジミ・ヘンドリックスや母が聞いていたジャズ、さらには英語のポップスやフォーク・ミュージックなどからも影響を受ける。
高校と大学で、テテは友達といくつかのバンドを組み、作曲と作詞(特に英語詞)を手がける。間もなく彼はこれを本業とすることを決め、コンサート活動で生活を支えるようになった。彼の住む北東部のナンシー、ストラスブールのストリートでの演奏、バーや小さいライヴハウスで小銭を稼ぎ、デビューを目標にステージの経験を積んだ。
LinkIcon1998年
本格的にミュージシャンを目指してパリに移住。街のバーやストリートの他に、メトロやパリ東部の小さいライヴハウスで演奏し始めた。そして1999年にドラムスのアルベルト・マロとベースのエヴィ・ムーンの2人と共にグループを結成。
LinkIcon2000年
France Sony/Epicと契約。
LinkIcon2001年1月
ファースト・アルバム"L'air de rien"リリース。
LinkIcon2003年5月
アクースティック・ミニ・ライヴ・アルバム"Par mon est vallons"リリース。
LinkIcon2003年12月
スタジオ録音アルバムとしての2作目"A la faveur de l'automne"をリリース。les Valentinsとの共同プロデュース。
LinkIcon2004年9月5日
2作目の『ア・ラ・ファヴール・ドゥ・ロートン』が、テテのデビュー盤として日本で発売になる。
LinkIcon2004年9月中旬
初のプロモーション来日。
LinkIcon2005年2月27日
デビュー・アルバムの『レール・ドゥ・リヤン』が日本で発売になる。
LinkIcon2005年3月
初の日本ツアー。名古屋クラブクアトロ、心斎橋クラブクアトロ、広島クラブクアトロ、渋谷クラブクアトロでライヴを行う。
LinkIcon2005年4月
2005年4月〜2006年3月NHK教育TV『フランス語会話』のオープニングとエンディングにテテの曲が使われる(『ア・ラ・ファヴール・ドゥ・ロートン』から「モンレアル」と「ラ・チャーヴ」)。
LinkIcon2005年12月11日
ミニ・ライヴ・アルバム『パル・モン・エ・ヴァロン』が日本で発売になる。
LinkIcon2006年11月
スタジオ録音アルバムとしては3年振りとなる3作目"Le sacre des Lemmings"をリリース。発売と同時にフランスiTunes storeチャートで一位となる。
LinkIcon2006年12月31日
日本盤の『ル・サクル・デ・レミング』が発売になる。
LinkIcon2007年5月中旬
2回目のプロモーション来日。東京都内のレコード店でのインストア・イヴェント、ラジオへの出演など多数。
LinkIcon2007年9月
2回目の日本ツァー。福岡ROOMS、広島クラブクアトロ、心斎橋クラブクアトロ、名古屋クラブクアトロ、渋谷クラブクアトロ(2日間)でライヴを行う。
LinkIcon2007年12月以降
オーストラリア(ジェフ・ラングとの共演も)、アメリカ(ニューヨーク、ロサンゼルス等)、アフリカ、南米、ロンドンなど演奏旅行に明け暮れる。
LinkIcon2009年4月
キリン缶チューハイ氷結のTVCMで、THE BOOMの「風になりたい」をカヴァーして歌う。
LinkIcon2009年6月
新作に向けたソロ・ライヴ・ツアー"LABO SOLO"を開始。フランス、イギリス、アメリカを回る。
在米フランス人ミュージシャン、エリック・ジョン・カイザーとの出会いを経て、次作の録音を、ここ最近インディー・ロックのメッカとなりつつあるアメリカのオレゴン州ポートランド(Gossip, The Shins, Modest Mouseらの出身地)で行うことを決意。
LinkIcon2009年秋
共同プロデューサーにスティーヴ・バーリン Steve Berlinを迎え、ベーシストのDavey Faragher、ギターやマンドリンなど達人Val McCallumのサポートを得て、アメリカのオレゴン州ポートランドで新作の録音を開始。
LinkIcon2010年2月
約3年振りとなる4枚目のアルバム"Le premier clair de l'aube"を発売。発売と同時にフランスiTunes storeチャートで一位となる。
LinkIcon2010年4月11日
日本で『夜明けの最初の輝き 〜ル・プルミエ・クレール・ドゥ・ローブ〜』が発売になる。
LinkIcon2010年11月9日
デビュー10年を記念したコンサートをパリのゼニットで行う。"10 ans, 1000 concerts"がキャッチフレーズ。ゲストとしてフェフェ、アブダル・マリック、ジェフ・ラングが参加。
LinkIcon2010年11月23日〜28日
3回目のプロモーション来日。初の大阪でのプロモーションも敢行。
LinkIcon2010年12月
TVのドキュメンタリー番組"Tété ou Dédé"(France 5)の収録でセネガルへ。
LinkIcon2011年1月
TVのドキュメンタリー番組"Tété ou Dédé"(France 5)の収録で南アフリカへ。
LinkIcon2011年4月2日〜10日
予定されていた3回目の日本ツアーが東日本大震災の影響で中止になる。
LinkIcon2011年4月
TVのドキュメンタリー番組"Tété ou Dédé"(France 5)の収録でジャマイカへ
LinkIcon2011年6月
TVのドキュメンタリー番組"Tété ou Dédé"(France 5)の収録でエチオピアへ
LinkIcon2011年7月
TVのドキュメンタリー番組"Tété ou Dédé"(France 5)の収録でブラジルへ
LinkIcon2011年10月
3回目の日本ツアーがテテ本人の強い希望で実現。大阪JANUS、名古屋クラブクアトロ、渋谷クラブクアトロ、朝霧JAM、WORLD BEAT(六本木ヒルズアリーナ)でライヴを行う。
LinkIcon2012年1月
森永乳業の企業CMの歌にテテが起用される。
LinkIcon2012年7月
EPIC/SONYを離れCinq7レーベルと契約。
LinkIcon2012年12月23日
3年ぶりとなるアルバム"Nu là-bas"からの1stシングル"La bande son de ta vie"発売。
LinkIcon2013年2月25日
5枚目のアルバム"Nu là-bas"をフランスで発売。
LinkIcon2013年3月10日
日本で"Nu là-bas"(邦題『裸のままで』)を発売。
LinkIcon2013年5月
4度目となるプロモーション来日。大阪・京都・名古屋・東京でプロモーションを行う。
LinkIcon2013年11月
4度目となる日本ツアーを予定(沖縄・福岡・熊本・大阪・名古屋・東京)。
LinkIcon2014年9月21日
初の英語曲4曲入りミニ・アルバム『ホームブリュウ52』を日本限定発売。