<ライナーノーツより>

■ 松田美緒の歌はこれまでになく即興性に満ち、美しく輝いていた。

 2017年郡上八幡音楽祭に招聘する西アフリカ、マリの音楽家たちと共演するため、初めて彼女が唄うポルトガル語圏のアンゴラやブラジルのクレオールソングのリハーサルに臨んだ日だった。私はこれら未知の歌にマリの撥弦楽器カマレンゴニの即興演奏で対応した。序奏が始まるやいなや、彼女の声はどこからともなく沸き立った。心の中に宿っていたいくつもの歌が、渾渾と湧き出す泉の水のように切れ目なく緩急自在に流れ出し、やがてそれらの歌は変化を繰り返しながら大河のようにひとつながりとなり、再び源流へと還っていった。この歌の流れに、私のカマレンゴニを奏する指は踊り出し、歌い出し、呼応していた。初めての、たった一回だけの未知のジョイントが、一編のドラマのような、活き活きとした混成歌を綴る結果となった。この奇跡ともいえるジョイントの痕跡は、幸いリハーサルのために用意していたテープに収められた。
 私たちはこの淀みない清い音の流れに手を加えることなく、そのままをCDとして残すことした。

土取利行


■ある夜、水のほとりの聖域で、音が巡り、巡った。

 土取さんのカマレンゴニは古代の吟遊詩人が奏でた響きのように、感覚の中枢を目覚めさせる。
 水の流れ、炎の煌めき、星々の巡行のような音の連なりにのって、私の舌はいつしか歌を紡いだ。
 それは、リスボンでアンゴラの労働者が夜な夜な歌っていた故郷の歌、ブラジルのミナスで教わった童謡、ナイジェリアからバイーアへ渡った水の女神オシュンへの讃歌。
 そして、数々の未知のことばと、時空のはざまからとりだしたメロディー、歌のかけらたちがシランダ(輪舞)を踊る。
 境界は消え去り、ひそやかな恍惚とした音の巡りは、清流と響きあい、湧き出す som (音)、tom (色)。
 歌の生命は、雫のように震えて、しじまに溶けた。

松田美緒